はじめに
幼いころ、なんとなく感じていたこと…
私は、子どものころからふと思っていました。
「人って、もしかしたら、それぞれ違う世界を見ているのかもしれない」
空の色、風の音、人のまなざし。
目に見えているものは同じはずなのに、
“感じていること”は、人によって全く違うような気がしていたのです。
でも、その感覚を言葉にすることも、誰かに伝えることもなくて。
私はいつの間にか、“見える世界だけを信じる”ように振る舞うようになっていました。
目次:

九頭龍神社で起きた、忘れられないできごと
それから長い時を経て、
私は5歳の息子と一緒に、はじめて箱根の九頭龍神社を訪れました。
まだ文字も読めないはずの息子。
でも境内に入るなり、ふいにこう語り始めたのです。
「この神社はね、むかし悪い龍がいて、それを閉じ込めたからできたんだよ。そしてね…」
「ママ、龍の爪の意味知ってる?爪の本数が多いほど偉い龍なの」
私は驚いて「え?それ、どこで聞いたの?」と尋ねました。
すると息子は、何のためらいもなくこう言いました。
「龍さんが教えてくれたの」
その瞬間、背中にすーっと風が通り抜けたような、不思議な感覚がありました。

調べてみると、息子が話したことと一致していた
正直、私は半信半疑でした。
だから、その場でスマホで調べてみたのです。
すると――
息子が話していた神社の由来や、龍の爪の本数にまつわる伝承が、
まったく同じ内容で記されていたのです。
まだ文字も読めない年齢の息子が、
どうしてそんなことを知っているのか。
頭では説明できないけれど、
心では、「ああ、やっぱり」と思ったのです。

「あの感覚は、やっぱり間違っていなかった」
そのとき、私は子どもの頃に感じていた感覚を思い出しました。
「人って、見えている世界が違うのかもしれない」
あのとき、どこかで感じていた“見えない世界の存在”。
そして「私の中にあったはずの感受性」が、
息子のことばによって再び目を覚ましたような気がしました。

誰にでも“感じる力”がある
私は今でも、スピリチュアルな話を人に強く伝えたいとは思っていません。
でも、あのときの息子の言葉が教えてくれたように――
「この世界には、目に見えないけれど確かにあるもの」が存在している。
そう感じるようになってから、
私の中の“感じる力”が少しずつ戻ってきた気がしています。
そして、子どもたちはときに、
大人が忘れてしまった世界との“扉”を開いてくれる存在なんだと思うのです。

まとめ
世界は、もっと広くて深い
私たちが“当たり前”だと思っているこの世界は、ほんの一部なのかもしれません。
目に見えるもの、説明できることだけを信じていると、見落としてしまうやさしい気配や、静かな導きが、この世界には確かにあるような気がしています。
息子があの日教えてくれた「もうひとつの世界」は、
今の私にとって、とても大切な“祈りのはじまり”でもありました。

【あとがき】
もしかしたら、あなたのそばにも、
何気ない言葉で“真実”を届けてくれる存在がいるかもしれません。
子どもの言葉、ふとした違和感、
目に見えないけど心に残る感覚――
それは、あなた自身が感じていたはずの世界からの、
“もう一度、思い出してね”というメッセージなのかもしれません。
それでは今日も、「愛と感謝と調和」のもと——
生きとし生けるすべてのものが、心穏やかで幸せでありますように。
本日もブログをご覧いただき、心より感謝申し上げます。
このブログは、自分自身の心との対話を通して、内面を整理するために書いているものです。
今ではこうして文章を書くことができていますが、少し前までは、自分の感情がよく分からずにいました。
そのために、生きづらさを感じていたのも事実です。
同じように、自分の感情がつかめずに悩んでいる方へ——
少しでも心が穏やかになるヒントをお届けできればという思いで、日々記事を更新しています。
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一人でも多くの方が、本来の自分を取り戻し、
自分らしい生き方を選択できることを、心から願っています。