ゆきよちゃん|心の縄をほどく専門家からの手紙

ほどく、ゆるむ、自分に還る。 空海の智慧とともに綴る、あなたの心を自由にするメッセージ

「家族の“優しさ”って何?」 自分の心を守るために、距離を選んだ話

はじめに

「助けてあげたい」 そう思うことは、きっと誰にでもある。

でも、本当に相手のためになる“優しさ”って、なんだろう?

今回は、ある家族との関わりのなかで私が経験した、 “関わること”と“離れること”のあいだで揺れ動いた日々を誰かの気づきにつながればと思い、まとめてみました。

家族を信じて車を借りた、けれど…

あるとき私は、東京から長距離の移動が必要になり、 家族のひとりからクルマを借りました。

「車検あるよね?」 「もちろん」

そう確認して、安心して使わせてもらったのですが、 途中、なんとなく違和感を覚えて長野の知り合いの車屋さんに立ち寄ってみたら…

なんと、車検が切れていたのです。

さらには、保険や税金の手続きも未処理だったことが判明しました。  

「ごめん、車検はウソだった」と言われた

その家族は、あとになってこう言いました。

「テヘペロってことで」

私がもし途中で事故にあっていたら、どうなっていたんだろう?

しかも子どもたちを乗せていたのに…と、足がすくむ思いがしました。

自分のお金、人のお金の境界線があいまいな人

その家族は、以前から経済的なトラブルを抱えていました。

「お金がない」が口ぐせで、 周囲の支えや助けを、まるで当然のように受け取ってきた印象がありました。

中でも、 ・家族の名義の保険やカードの利用 ・本人の意思を確認しないままの金銭の使い込み といった、線引きのない行動が続いていたのです。  

だから私は、距離を選んだ

私はこれまで、何度も助けたいと思いました。 でも、何かを気づいてほしいと思えば思うほど、 その人の「学びのチャンス」を奪っているのでは、とも感じるようになりました。

そしてあるとき、静かにこう決めました。

「もう、関わらないという選択も、愛なんだ」

関わらないことは、冷たさじゃない

この出来事から私が学んだのは、 優しさとは「なんでもしてあげること」ではなく、 自分の境界線を守ることでもあるということ。

そして、 その人が本当に向き合わなければいけない現実から、 自分の不安で手を出してしまうことのほうが、 ときに害になってしまうこともある。

まとめ

家族だからこそ、難しい。

でも、家族だからこそ、 「私はここまで」と線を引いていい。 「私は、こうありたい」と決めていい。

どんな関係性であっても、 自分の命や人生の責任は、最終的には“自分”にある。

そして相手の人生の責任も、やっぱり“相手”にしか持てない。

🌱あなたへ質問です

あなたのまわりに、 「心配だけど、どう関わればいいか迷う人」はいませんか?

それに対して、どんな選択をしてみたいですか?

家族との距離感 / 優しさの境界線 / 心を守る選択 / 手放す勇気 /関わらない愛の形

それでは今日も、「愛と感謝と調和」のもと ご縁ある方の全ての方が心穏やかで、しあわせでありますように。

本日もこのブログを訪れてくださり、 ほんとうにありがとうございます。

この場所は、自分自身の心と ゆっくり向き合うために生まれた、静かな記録です。

少し前までのわたしは、 自分の気持ちがうまくわからず、 ずっと生きづらさを感じていました。

けれど、感情を一つずつ見つめていく中で、 すこしずつ、自分自身と仲直りできるようになってきた気がします。

もしもいま、同じように 「自分の気持ちがわからない」 「心が疲れてしまった」

そんなふうに感じている方がいたら── この場所のことばが、 少しでも、やさしい風のように届きますように。

わたしがわたしを生きること。
あなたが、あなたを生きること。

そのどちらも、きっと、大切なひとつの光です。