はじめに
こんにちは。
心の紐をやさしくほどきながら、感情・自己受容・気づきを言葉にしている、ゆきよちゃんです。
この記事は、もともとnoteに掲載した内容を、はてなブログ「心の手紙シリーズ」として再編集したものです。
今日は、
「心を一処(いっしょ)に定める」という空海の教えを通して、
・自分らしさとは何か
・なぜ私たちは自分を見失うのか
・不登校という選択の意味
について、静かに綴ります。
- はじめに
- 自分らしさは「探すもの」ではなく、思い出すもの
- 空海が説く「心を一処に定める」という智慧
- 不登校という「一処」に戻る選択
- 探すより、戻る。
- 今日、あなたが戻りたい「一処」はどこですか?
- 📖 noteで、より深く読みたい方へ

自分らしさは「探すもの」ではなく、思い出すもの
最近、ある方の記事の中で、
「自分らしさは外に探しに行くもの」
という言葉に出会いました。
でも、今の私の体感は少し違います。
私にとって自分らしさとは、
外に取りに行くものではなく、もともと内側に在るもの。
ただ、社会の物差しや「こうあるべき」という霧に覆われて、見えなくなっているだけ。
子どもたちを見ていると、それがよくわかります。
彼らは最初から、 好きなことも、本音も、ちゃんと知っている。
消えてしまうのではなく、
見えなくなっているだけ。
この「霧」を払う方法を、空海ははっきりと教えています。
空海が説く「心を一処に定める」という智慧
空海は『秘密曼荼羅十住心論』の中でこう述べています。
故に、汝等、当に好んで心を制すべし。
これを一処に制すれば、事として絆せざることなし。
(心を一箇所に定めることができれば、成し遂げられないことは何一つない)
一見すると、強い修行の言葉のように感じます。
けれど私の体感はこうです。
心を一処に置くとは、
散らばった意識を「本来の自分」に戻してあげること。
過去への後悔。
未来への不安。
他人との比較。
心は放っておくと、すぐ外側へ流れていきます。
でも、それをそっと「今ここ」に戻す。
それだけで、私たちは驚くほど自由になるのです。
不登校という「一処」に戻る選択
私の息子は、学校に行かない選択をしました。
世間では「不登校」と呼ばれるかもしれません。
でも私は、それを
自分の心の一処を守る選択
だと感じています。
今の教育は、子どもたちの心を 「学校という一処」に向けさせようとします。
けれどそれが、魂の居場所とは限らない。
無理に外へ意識を向け続けると、 本来の自分の純度が薄れていく。
彼は、自分の真ん中に戻ることを選びました。
それは逃げではなく、
とても静かな強さだと、私は思っています。
探すより、戻る。
誰かとの出会いで新しい自分に気づくことはあります。
でもそれは「作られる」のではなく、
もともとあった自分が映し出されるだけ。
外側に足す必要はありません。
心を、自分の真ん中に戻すだけ。
たとえば、
・お豆をふやかす
・ポップコーンを焼く
・目の前の人と笑う
そんな小さな行為の中に、
あなたの一処はあります。
今日、あなたが戻りたい「一処」はどこですか?
難しい修行はいりません。
ただ、いま目の前にある愛おしいものに、 そっと心を置いてみてください。
それだけで、霧は少しずつ晴れていきます。
続きの#5の記事はこちら
📖 noteで、より深く読みたい方へ
この記事は、もともとnoteに掲載した連載
「空海の教えと共に」シリーズ #4 の再編集版です。
note版では、
・心を一処に定める具体的な実践
・比較から自由になるための12のステップ
・日常で迷ったときの戻り方
を、より体系的にまとめています。
🔗 [比較から自由になる12の扉|ゆきよちゃん ]( https://note.com/jogo/n/n8642aa3e497b)
外側の評価や比較から自由になり、
あなたの「真ん中」に戻るための小さな実践集です。
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