はじめに ―― 心の奥にある「蔵」
こんにちは。
心の紐をやさしくほどくお手伝いをしている
ゆきよちゃん(城後幸代)です🌿
今日は、弟との関係の中で得た
わたし自身の学びを書いてみたいと思います。
もしあなたが、
「足りない」
「もっと頑張らなきゃ」
そんなふうに感じているなら、
きっとこの話は
あなたの心の蔵にも届くと思います。
- はじめに ―― 心の奥にある「蔵」
- 空海の言葉から
- 阿頼耶とは何か
- 「執持」と「含蔵」
- 心の奥にある「室(むろ)」
- 世界はどこから生まれるのか
- 閉じれば、何も持っていない
- ひらけば、世界に満ちる
- 足りないのではなかった
- 役に立たなくても、ここにいていい
- 存在は条件付きではない
- 阿頼耶の蔵は、すでに満ちている
- おわりに ―― 蔵をひらくということ
- noteで公開しているワーク
- ](https://note.com/jogo/n/ncffff4a5dbf6)

空海の言葉から
今回は、
空海の著書
『秘密曼荼羅十住心論』卷第一 にある
この一節をもとに、心の深い構造を見つめてみたいと思います。
『経』に「阿頼耶」といっぱ、
これ執持・含蔵の義なり、
またこれ室の義なり。この宗の説かく、阿頼耶あって
よくこの身を持せり。
造作するところあって万像を含蔵す。これを摂すればすなわち所有なし。
これを舒ればすなわち世界に満つ。
『秘密曼荼羅十住心論』卷第一
阿頼耶とは何か
「阿頼耶(あらや)」とは、
心の最も深い層にある
蔵(くら) のようなものだと説かれています。
そこには
・これまでの体験
・感情の記憶
・思い込み
・価値観
・行動の癖
あらゆるものが、
静かに蓄えられている。
まるで
人生すべてを保管している
倉庫のような場所です。
「執持」と「含蔵」
空海はここで、
阿頼耶には二つの働きがあると説きます。
執持(しゅうじ)
生命や存在を支え、
持続させる力。
私たちが「わたし」として
ここに在り続けられるのは、
この働きがあるからです。
含蔵(がんぞう)
あらゆる経験・記憶を
内に含み、蔵する働き。
喜びも、悲しみも。
成功も、傷も。
すべてが
この蔵の中に納められていきます。
心の奥にある「室(むろ)」
空海はさらに
阿頼耶を 「室」 とも表現します。
それは
心の奥にある
誰にも見えない部屋。
そこには
・まだ言葉になっていない感情
・忘れたと思っていた記憶
・眠ったままの可能性
それらが
静かに保管されています。
世界はどこから生まれるのか
造作するところあって万像を含蔵す。
私たちが見ている現実も、
感じている世界も、
この阿頼耶に含まれた種子から
生まれてくると説かれます。
つまり
世界は外側にあるのではなく、
心の蔵から展開しているということ。
閉じれば、何も持っていない
これを摂すればすなわち所有なし。
心を閉じたとき。
蔵を閉ざしたとき。
人は
・何も持っていない
・価値がない
・足りない
そう感じてしまう。
ひらけば、世界に満ちる
これを舒ればすなわち世界に満つ。
蔵がひらいたとき、
内に含まれていたものが
世界いっぱいに広がっていく。
愛も。
智慧も。
存在そのものの光も。
足りないのではなかった
ここで
静かな問いが生まれます。
わたしたちは本当に
足りない存在なのでしょうか。
それとも
蔵を閉じていただけ
なのではないでしょうか。
役に立たなくても、ここにいていい
今日、弟が借りていた畑を手放すことになり、
サプライズで
片付けを手伝いに行きました。
特別な会話をしたわけでもなく
何かを語り合ったわけでもない。
でも
なんだかお互い
「もう何もからわない」
そんな感覚がありました。
40代、働き盛り。
人から見れば
「もったいない」
「働けばいいのに」
そう言われるかもしれない。
でも
その言葉の奥には
“こうあるべき”
がたくさん含まれている気がしました。
存在は条件付きではない
人はいつのまにか
・役に立たないと価値がない
・働いていないといけない
・生産していないと存在が薄い
そんな思い込みを
何層にも重ねて生きています。
でも本当は
何ができても
何ができなくても
ただ、ここに在る。
それだけでいい。
阿頼耶の蔵は、すでに満ちている
畑を片付けながら感じていた
「役に立たなくても、ここにいていい」
その感覚もまた
阿頼耶の蔵に
最初から含まれていたものなのかもしれません。
社会の価値観の中で
・役に立たないと価値がない
・生産していないと意味がない
そう思い込んでいただけで
蔵そのものは
何ひとつ欠けていなかった。
おわりに ―― 蔵をひらくということ
空海の言葉に戻るなら
これを摂すればすなわち所有なし。
これを舒ればすなわち世界に満つ。
閉じれば、足りない。
ひらけば、すでに満ちている。
私たちは
何かを足すことで
満たされるのではなく
蔵をひらくことで
満ちていたことを思い出していく。
今日の畑の時間は
外側の片付けをしながら
内側の蔵の扉を
静かにひらいていた時間だったのかもしれません。
足りないのではなく
すでに満ちていた。
そのことを
土の匂いと
静かな風の中で
そっと思い出しました🌿
noteで公開しているワーク
この記事で触れている
「心の蔵をひらくワーク」は
noteでも公開しています。
必要な人に届くよう
現在は無料で公開しています。
よかったらこちらも覗いてみてください。
[足りないのではなく、すでに満ちていた——阿頼耶という心の蔵をひらくとき|空海の教えとともに#25
](https://note.com/jogo/n/ncffff4a5dbf6)
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