はじめに ── 「無駄」に見える時間の中にあったもの
人生のすべての出来事は、自分の心が映し出した世界。
こんにちは。
心の紐をやさしくほどくお手伝いをしている
ゆきよちゃん(城後幸代)です🌿
「これ、意味あるのかな」
「時間の無駄かもしれない」
そんなふうに感じる時間の中にこそ、
あたたかいものが転がっていることがあります。
今日は、壊れた田植え機とともに過ごした一日から、
「イマココを生きる」ということについて綴ります。
- はじめに ── 「無駄」に見える時間の中にあったもの
- 🌿 50年ものの田植え機と向き合う時間
- 🌿 「無駄」という声と、今に集中する感覚
- 🌿 心はその人のものという気づき
- 🌿 空海の言葉が教えてくれること
- 🌱 挑戦できるという豊かさ
- 🌿 5,000円に宿っていたもの
- 🌿 むすび ── イマココを生きるということ
- 🌿 noteで、もう少し深く
- ハッシュタグ
- 空海
- イマココ
- 今を生きる
- 自己受容
- 心の整え方
- 親子の時間
🌿 50年ものの田植え機と向き合う時間
実家の前に、50年ものの田植え機が置かれていました。
部品は欠損し、
専門家にも「修理は難しい」と言われた機械。
そんな中で、息子がぽつりと一言。
「針金でいけるかも」
保証はない。
でも、やってみる。
ホームセンターで金具を買い、
キャブレターの接続部を針金で補修する。
バッテリーも新調し、
泥にまみれながら手を動かす。
結果がどうなるかではなく、
ただ「今ここ」で
ひとつずつ試していく時間。
その時間が、純粋に楽しかったのです。
🌿 「無駄」という声と、今に集中する感覚
その横で聞こえてくる声。
「無駄だ」
「時間がもったいない」
正直、思いました。
「うるさいなぁ、集中したい」
でも、揺さぶられることはなかった。
ただ、目の前の作業をしていただけ。
原因を見て、試して、また調整する。
その流れの中に、
自然と自分が在っただけでした。
🌿 心はその人のものという気づき
結局、エンジンはかかりませんでした。
弟は落ち込み、
私は少しだけ「余計なことをしたかな」と思いました。
そのとき、息子が言いました。
「叔父さんの心は、叔父さんしか調整できないよね」
その一言で、すっと力が抜けました。
そうだ。
誰かの心まで背負わなくていい。
挑戦するかどうかも、
どう感じるかも、
すべて、その人の選択。
私はただ、
「イマココ」を生きていただけ。
🌿 空海の言葉が教えてくれること
百味を食って婀娜とたをやかなる鳳の体、徒に犬鳥の屎尿たり。
『三教指帰』巻下
どれほど誇っても、
どれほど劣等に沈んでも、
命の流れの中では、すべては通り過ぎていく。
守ろうとする自我も、
傷つく自我も、
どちらも流れの一部。
大切なのは、
「何者かになること」ではなく、
「今この瞬間をどう使うか」。
🌱 挑戦できるという豊かさ
帰り道、ふと感じました。
挑戦できる人の豊かさと、
過去に縛られて動けない苦しさ。
どちらが正しいわけでもない。
でも、
動けるのに動かないのは、
少しもったいない。
失敗してもいい。
またやればいい。
その軽やかさが、
本当の自由なのかもしれません。
🌿 5,000円に宿っていたもの
帰り際、父が差し出した5,000円。
「……バッテリー代」
その金額よりも、
そこに込められた気持ちのほうが、
ずっとあたたかかった。
もし最初から「無駄」と決めていたら、
この瞬間には出会えなかった。
🌿 むすび ── イマココを生きるということ
外に正解はありません。
残るのは、
「今ここでどう生きるか」
私はきっとこれからも、
結果よりも、
体験を選びます。
イマココを生きるほうが、
やっぱり楽しいから。
今日も、軽やかに、泥まみれで 🌿
🌿 noteで、もう少し深く
「イマココを生きる」という感覚や、
心の整え方については、noteでもやさしく綴っています。
読むだけで、少し呼吸が整うような時間を届けています🌿
必要なときに、そっとのぞいてみてください。
