はじめに
「ママ、今日は疲れてるみたいだね」
「ご飯、自分たちで作るから大丈夫だよ」
その言葉に、何度助けられてきたことだろう。
小さな手でご飯を作ってくれたり、
疲れた私をそっと見守ってくれたり。
今回は、そんな優しさに包まれた
“我が子との日々”に感じた感謝の気持ちを、記録として残しておこうと思います。

小さな優しさが、心をそっとほどいてくれる
最近の私は、心も体もちょっとお疲れ気味。
でも、そんな時に限って子どもたちは
何も言わずにそっと寄り添ってくれる。
- 洗い物をしてくれる
- 自分でご飯を用意してくれる
- 私の表情を見て、そっと「大丈夫?」って声をかけてくれる
こんなふうに助けてもらうたびに、
「ありがとう」という言葉じゃ足りないくらい、心があたたかくなります。
いつの間にか、支えられる存在に
子どもたちはまだ小さくて、
手をかけてあげなければと思っていたはずなのに。
いつの間にか、私の弱さや疲れも
まるごと受け止めてくれる存在になってくれていた。
それって、
「無償の愛」とか「信頼」とか、
そういう言葉では言い表せないほど深いもの。
愛は、与えるものではなく、循環するもの
子どもたちに与えてきた愛情は、
ちゃんと形を変えて、戻ってきてくれてるんだと思う。
- 一緒に笑った日々
- 手をつないで歩いたあの帰り道
- 小さな「ありがとう」が積み重なって
今、彼らは「助け合う力」を自然に身につけてくれている。
まとめ|ありがとう、毎日を一緒に生きてくれて
私は、完璧なお母さんじゃない。
時に疲れ、弱音もこぼすし、ご飯も手抜きになってしまう日だってある。
それでも、「一緒にいるよ」って言ってくれる子どもたちがいる。
それが、どれほど心強いか。
今日も「ありがとう」と伝えよう。
たとえどんな日でも、一緒に生きてくれてありがとう。
🌱質問です
あなたが最近「助けられたなぁ」と感じた瞬間は、どんな場面でしたか?
そこには、どんな優しさがありましたか?
子どもの優しさ / 家族の絆 / 感謝の気持ち / 子育て日記 / 愛の循環
それでは今日も、「愛と感謝と調和」のもと ご縁ある方の全ての方が心穏やかで、しあわせでありますように。
本日もこのブログを訪れてくださり、 ほんとうにありがとうございます。
この場所は、自分自身の心と ゆっくり向き合うために生まれた、静かな記録です。
少し前までのわたしは、 自分の気持ちがうまくわからず、 ずっと生きづらさを感じていました。
けれど、感情を一つずつ見つめていく中で、 すこしずつ、自分自身と仲直りできるようになってきた気がします。
もしもいま、同じように 「自分の気持ちがわからない」 「心が疲れてしまった」
そんなふうに感じている方がいたら── この場所のことばが、 少しでも、やさしい風のように届きますように。
わたしがわたしを生きること。
あなたが、あなたを生きること。
そのどちらも、きっと、大切なひとつの光です。