はじめに
ある日ふと、
「私って、ずいぶん変わったな」と感じたことがありました。
誰かに言われたわけでもなく、
何か特別な出来事があったわけでもなく、
ただ静かに、自分の心がふわっと軽くなっていることに気づいたのです。
思い返してみると、それはきっと――
子どもたちの存在によって、私は“浄化された”のだと思います。
目次:

感情のない私に、命が触れた日
私は長い間、自分には感情がないと思っていました。
悲しいことがあっても涙が出ない。
誰かに何を言われても、心が動かない。
まるで、冷たく閉じた器のような感覚でした。
でも、2015年の冬。
息子がこの世界に生まれてきてくれたとき、
その“器”が、少しずつ、あたたかく溶けていくのを感じました。
小さな手、小さな呼吸、
この世界にただ「いる」ということの奇跡。
それに触れた瞬間、
**「ああ、私、いま…感じてる」**って、心がふるえたんです。
私の心の扉を、彼がやさしくノックしてくれた。
それが、私という人間の“再起動”でした。

娘に、母を映してしまった私
でも、母としての時間がすべてやさしかったわけではありません。
娘が生まれたとき、私はまだ“母になる準備”ができていませんでした。
子どもが大好きなはずなのに、娘にはなぜか心がざわついてしまう。
笑顔を向けられても、どこかで受けとれない自分がいたのです。
今ならわかります。
私は、娘の中に“母”を重ねて見ていたのだと。
母に向けた想い。
言えなかった言葉。
届かなかった愛情。
それらを無意識に、
「この子に投影してはいけない」と思いながらも、止められなかった。
愛したくて、でも愛せなくて――
そんな自分が情けなくて、私は何度も自分を責めました。
今思うと、私は娘と向き合う中で、
最初は「愛情」よりも「義務感」から子育てをしていたように思います。

息子のぬくもりと、娘のまっすぐな愛
そんな私を変えてくれたのが、息子のぬくもりでした。
そして、そのあとに届いた、娘のまっすぐな愛でした。
息子の存在が、私の“感じる力”を呼び戻してくれた。
娘は、その私に向かって、
まるでそれまでをすべて許すかのように、
変わらぬまなざしで、愛を差し出してくれたのです。
はじめて、「この子をちゃんと見てみよう」と思いました。
そして、娘の笑顔が、言葉が、
私の“母”という存在への痛みを、少しずつ、ほどいていってくれました。
私は、娘を愛せなかったのではない。
愛することが、怖かっただけだった。

わたしを変えた小さな命たち
こうして私は、
息子の命に“感情”を教えてもらい、
娘の愛に“赦し”を教えてもらい、
そしてようやく、自分自身をやさしく抱きしめられるようになったのです。
誰かの教えではなく、
誰かの評価でもなく、
ただ、子どもたちの存在そのものが、私を変えてくれました。

そして、今――
あの頃の私は、自分の中に愛があることさえ信じられなかった。
でも今は、こうして思えるのです。
わたしには、愛がある。
わたしは、与えるだけの人じゃなくて、
与えられてきた人でもあった。
この気づきを、
これから出会う誰かにも、
そっと手渡せるように、生きていきたい。
私は、子どもたちに浄化されました。
だから今、私は誰かの“ほんとうの自分”を思い出す手伝いがしたい。

おわりに
今日もここまで読んでくださって、ありがとうございます。
もし今、「自分には愛がない」と感じている人がいたら、それはまだ“愛を思い出していないだけ”なのかもしれません。
あなたの中にも、ちゃんと愛があります。
いつかそれに気づく日が、そっと訪れますように。今日も、あなたの心がやさしく整いますように。
あとがき
それでは今日も、「愛と感謝と調和」のもと——
生きとし生けるすべてのものが、心穏やかで幸せでありますように。
本日もブログをご覧いただき、心より感謝申し上げます。
このブログは、自分自身の心との対話を通して、内面を整理するために書いているものです。
今ではこうして文章を書くことができていますが、少し前までは、自分の感情がよく分からずにいました。
そのために、生きづらさを感じていたのも事実です。
同じように、自分の感情がつかめずに悩んでいる方へ——
少しでも心が穏やかになるヒントをお届けできればという思いで、日々記事を更新しています。
よろしければ、過去のブログやYouTubeも、何かしら参考にしていただけたら嬉しいです。
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一人でも多くの方が、本来の自分を取り戻し、
自分らしい生き方を選択できることを、心から願っています。
aichyouwa-nomori.hatenablog.jp
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