ゆきよちゃん|心の手紙 〜「愛と調和」学び森からあなたへ〜

🌿 ゆきよちゃん 心の手紙 🌿 ここは、日々のあわただしさの中でふと立ち止まりたくなったあなたへ届ける、やさしい心の森です。 自然の声や感情のささやきに耳をすませながら、 “ほんとうのわたし”を思い出していく── そんな旅を、あなたと一緒に歩いていけたらうれしいです。

星野でめぐりあった、不思議な“ごはんの循環”

はじめに

引っ越してからしばらく、星野での暮らしに少しずつ馴染んできました。

その中で、とても不思議で、心がじんわりあたたかくなる出来事がありました。

それは「食べ物」を通じて体験した、人と人の“循環”のようなお話です。

黄色いご飯と、だご汁

ある日、ご縁があって地域の方のお家にお邪魔しました。

そこで出していただいたのは、飲食店で出される予定だったけれど、少し黄色くなってしまった古いご飯と、手作りのだご汁。

さらに「自分が食べるつもりだった」と言って、お豆腐まで分けてくださいました。

普通なら「人には出せない」と思うかもしれないものを、「あなたたちだから」と惜しみなく差し出してくださったのです。

そこには「食べてもらいたい」「分かち合いたい」という真心が込められていて、その温かさが胸に広がりました。

プリンと、去年の栗ごはん

次の日、たまたま通りかかった別の飲食店で「プリン食べてく?」と声をかけられました。

出していただいたのは、プリンやスパイスご飯。

さらに「去年の栗を使った栗ご飯が失敗したから、人には出せないけど…」と、その栗ご飯でつくったおにぎりまでくださいました。

「失敗したから」という言葉の裏には、やっぱり「食べてもらいたい」という想いがありました。

それを私たち家族に渡してくださることが、とてもありがたく感じました。

叔父とのやりとり

そしてそのまま、叔父の家に立ち寄ることになり、気づけば2泊。

叔父はいつも変わらず、あたたかく迎えてくれます。

私は「お礼に」と思い、美味しいものを買って一緒に食べようとします。

でも叔父は決まって「またそんなに買ってきて」と笑います。

ここにもまた「与える」「受け取る」のやりとりがあって、それがただ自然に続いていることに気づきました。

食べ物にのせられた“気持ち”

この2日間で体験したことは、偶然のようで、どこか必然のようでした。

古いご飯も、失敗した栗ご飯も、「惜しまずに分けたい」という想いがあってこそ手渡されたもの。

そして私自身もまた、叔父に「美味しいものを食べてほしい」と思って動いていました。

食べ物はただの栄養ではなく、人と人をつなぐ“気持ちのかたち”。

それを星野で実感した時間でした。

おわりに

不思議だなぁと思いつつも、 この土地で大切にされているのは「完璧なごちそう」ではなく、 「分かち合いたい」という気持ちそのものなのだと感じます。

与えることも、受け取ることも。 その循環の中に、私も子どもたちも自然に包まれている。

それが何よりの贈り物だなぁと思いました。

今日もまた、ありがたいご飯をいただきながら、 小さな“循環”に心を寄せて過ごしていきたいと思います。

ここまで読んでくださってありがとうございます。 あなたの日常にも、ささやかな“循環”が見えてきますように。

田舎暮らし 心の循環 ごはん

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それでは今日も、「愛と感謝と調和」のもと ご縁ある方の全ての方が心穏やかで、しあわせでありますように。

本日もこのブログを訪れてくださり、 ほんとうにありがとうございます。

この場所は、自分自身の心と ゆっくり向き合うために生まれた、静かな記録です。

少し前までのわたしは、 自分の気持ちがうまくわからず、 ずっと生きづらさを感じていました。

けれど、感情を一つずつ見つめていく中で、 すこしずつ、自分自身と仲直りできるようになってきた気がします。

もしもいま、同じように 「自分の気持ちがわからない」 「心が疲れてしまった」

そんなふうに感じている方がいたら── この場所のことばが、 少しでも、やさしい風のように届きますように。

わたしがわたしを生きること。
あなたが、あなたを生きること。

そのどちらも、きっと、大切なひとつの光です。