はじめに
子どもは、“小さな師”だった
わたしが、心の学びを深めていくなかで、
何よりも大きな気づきをくれたのは──
本や先生ではなく、子どもたちの存在でした。
彼らは、“教えられる存在”ではなく、
まるで最初から、すべてを知っているかのようだった。
泣き、笑い、感じたままを伝える。
迷わず、まっすぐ、自分の内側の声に従う。
そして、わたしの中の“忘れていた何か”をそっと揺り起こす。

🌟「ママ、それでいいんだよ」と言われた日
ある日、娘に言われたことがあります。
「ママって、ちゃんと聞き入れる人だよね」
そのとき、ハッとしました。
わたしはずっと、“子どもに教える側”にいなきゃと思っていた。
でも、実際は反対だったのかもしれない。
彼らの一言一言が、
私の心をほぐし、
私の本質を映し出してくれていた。

🌀5歳の息子が話した、龍の話
もう一つ、忘れられない体験があります。
息子が3歳のとき、九頭龍神社を訪れたことがありました。
まだ文字も読めない彼が、
突然、龍の爪の数や、神社の由来を語り出したのです。
「ここはね、昔は3本の爪だったんだよ」
「それが、こうなってね──」
わたしは驚きました。
そこには、本にもネットにも載っていない情報があった。
もしかしたらこれは、
彼の“魂の記憶”なのかもしれない、と感じたのです。

💫 魂は、ずっと知っていた
私たちは、生まれる前から、
何かを知っていたのかもしれません。
愛されること、
受け入れること、
安心してただ「在る」こと──
でも、生きていく中で、
それらを“忘れてしまう”ことがある。
だからこそ、
子どもたちの存在は、
わたしに「思い出すための時間」をくれたのです。

🕊 親子は、過去生からの約束?
ジョーティシュ(インド占星術)でも、
親子関係には“深い魂のつながり”があるとされています。
わたしと娘
わたしと息子──
それぞれの魂が持つテーマと、
いまこの時代を選んだ意味。
“教えるため”ではなく、
“ともに思い出すため”に、私たちは出会ったのかもしれません。

🌈 子どもたちのまなざしに、わたしが還る
わたしは、母親として“何かを与える人”であろうとしたけれど、
実は与えられていたのは、わたしの方だった。
・素直に泣いてもいいんだよ
・間違えてもだいじょうぶ
・ちゃんとしなくていいんだよ
そんな無言のメッセージを、
毎日の暮らしの中で、彼らは伝えてくれていた。

🌸 まとめ:魂の記憶を思い出す旅
子どもたちと暮らす中で、私は確信しました。
彼らは、私よりもずっと“本質”を知っている。
そしてそれを、忘れていたわたしに思い出させるために、いま、ここにいてくれている。
私の人生は、“教える”ことでなく、
“思い出す”ことで深まっていく。
そしてそれは──
“子ども”という鏡があってこそ、気づけた真実でした。
それでは今日も、「愛と感謝と調和」のもと——
生きとし生けるすべてのものが、心穏やかで幸せでありますように。
本日もブログをご覧いただき、心より感謝申し上げます。
このブログは、自分自身の心との対話を通して、内面を整理するために書いているものです。
今ではこうして文章を書くことができていますが、少し前までは、自分の感情がよく分からずにいました。
そのために、生きづらさを感じていたのも事実です。
同じように、自分の感情がつかめずに悩んでいる方へ——
少しでも心が穏やかになるヒントをお届けできればという思いで、日々記事を更新しています。
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一人でも多くの方が、本来の自分を取り戻し、
自分らしい生き方を選択できることを、心から願っています。
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