「ほしい」と言えなかった、子どもの頃
小学生の頃のわたしは、
おさがりの服しか持っていませんでした。
破れていたり、色あせていたり、
誰かのにおいが残っていたり。
「新しい服が着たいな」と思っても、
そんなこと、口に出すことさえできなかった。
だって、もし言ってしまったら──
お母さんの機嫌が悪くなる。
家の空気がピリつく。
兄弟に気を遣わせる。
それが嫌で、
いつのまにか「我慢するのが当たりまえ」になっていました。

わたしが我慢すれば、うまくいく
「わたしが欲しがらなければ、みんなが安心して暮らせる」
幼いながらに、そんなふうに思っていた気がします。
本当は、「ほしい」って言いたかった。
だけど、誰にも言えなかった。
自分の気持ちを押し込めて、
“がまんする”ことで、
家族の空気を守ろうとしていた、
けなげな小さなわたしがいました。

でもね、本当は…
でも、わたしの中の「ほしい」は、ちゃんと生きていた。
本当は、
わたしだって、かわいい服を着てみたかった。
新品の、誰のにおいもしない服を着て、
「これ、わたしの!」って胸を張ってみたかった。
ずっと、心の奥にしまってきたその気持ちは、
誰にも気づかれなかったけど──
たしかに、そこに在りつづけていた。
はじめての「新品の服」
そんなわたしに、ある日、奇跡が起きました。
遠くに住んでいたおじさんが帰省してきたとき、
わたしに服を買ってくれたんです。
自分で選んだものじゃなかったけど、
その服は誰のものでもなく、
「わたしのため」に買われた、まっさらな服でした。
袖を通したとき、
なんだか胸がふわっとして、
言葉にならない嬉しさが込みあげてきたのを今でも覚えています。
「わたしにも、新しい服を着る権利があるんだ」
そんな当たり前のことに、
はじめて気づいた瞬間でした。

今なら、あの子に伝えたい
あのときのわたしに、いま伝えたい。
「あなたがほしいと思うことは、わがままなんかじゃないよ」
「ちゃんと、あなたの心は生きてる」
「その気持ちを、だいじにしていいんだよ」
ずっと我慢してきたわたしへ。
よくがんばってきたね。
ほんとはたくさん、ほしかったよね。

今日の問いかけ
あなたは、「ほしい」と言えなかった経験がありますか?
我慢するのが当たり前だったあの頃の自分に、今どんな言葉をかけてあげたいですか?
今日、ひとつだけでもいい。自分の「ほしい」に、やさしく耳をすませてみませんか?

📖 noteでは、このテーマにそっと寄り添う
「感情と向き合うワーク」を公開中です。
書くことで、感じる。
感じることで、見えてくる。
あなたの心とつながる時間を、よかったら。
👉 [noteで見る](https://note.com/jogo/n/nd90a4e7d3831)
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それでは今日も、「愛と感謝と調和」のもと──
あなたの心が、やさしく満たされるひとときでありますように。
生きとし生けるすべてのものが、 心穏やかで、しあわせでありますように。
本日もこのブログを訪れてくださり、 ほんとうにありがとうございます。
この場所は、自分自身の心と ゆっくり向き合うために生まれた、静かな記録です。
少し前までのわたしは、 自分の気持ちがうまくわからず、 ずっと生きづらさを感じていました。
けれど、感情を一つずつ見つめていく中で、 すこしずつ、自分自身と仲直りできるようになってきた気がします。
もしもいま、同じように 「自分の気持ちがわからない」 「心が疲れてしまった」
そんなふうに感じている方がいたら──
この場所のことばが、 少しでも、やさしい風のように届きますように。
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