はじめに
「仕事のときって、やっぱり気を使っちゃうんだよね」
「なんか、すごく顔色を見て話しちゃってさ……」
そんな言葉を、ある日、身近な人から聞きました。
そのとき私は、ふと昔の自分を思い出しました。
目次:
- はじめに
- 顔色をうかがうことは、優しさの裏返し
- 仕事とプライベートの“切り替え”がしんどいとき
- 私も、かつては気を使いすぎていました
- 陰と陽、そして“他人軸と自分軸”の統合
- 自分軸に戻るには、“許し”と“対話”が必要
- 小さな問いが、自分を整えてくれる
- おわりに

「仕事のときって、やっぱり気を使っちゃうんだよね」
「なんか、すごく顔色を見て話しちゃってさ……」
そんな言葉を、ある日、身近な人から聞きました。
そのとき私は、ふと昔の自分を思い出しました。
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この春、私は思いがけず、福岡の星野村で大きな転機を迎えていました。
ゴールデンウィークの最中、東京に戻るはずだった私の予定は、新幹線の運休となり不思議と“戻れない”ものとなったのです。
まるで「まだここにいなさい」と言われているかのように、福岡での時間が延長される中で、星野村という場所と、ひとつの祈りの場へと導かれていくようでした。
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安曇野の風に吹かれて
ある夏の日、私は長野県・安曇野の山あいにある、小さなパーマカルチャーのお宿を訪れました。
自然と調和しながら暮らすその場所で、宿の方と交わした何気ない会話に、私は深く心を揺さぶられました。
「ミツバチを箱ごと持ってきてもね、この土地に合わなければ死んでしまうのよ。」
その一言に、私は胸がギュッと締め付けられるような感覚を覚えました。
どれだけ丁寧に運んでも、どれだけ「人間にとって都合が良くても」、ミツバチにとってその土地の空気、草花、波動が合わなければ生きていけない。
自然は、決して人間の思い通りにはならないのだと、改めて気づかされた瞬間でした。
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アインシュタインの警告:「ミツバチがいなくなれば…」
かつてアインシュタインは、こう言ったとされます。
「ミツバチが地球からいなくなると、人類は4年以内に滅びるだろう。」
この言葉の真偽については諸説ありますが、その意味は非常に象徴的です。
ミツバチはただの「蜂」ではありません。
私たちが日々食べている野菜や果物の多くは、ミツバチの受粉によって育ちます。
つまり、ミツバチがいなくなれば、自然界の循環が崩れ、食物連鎖のバランスが壊れてしまう。
それは結果として、人間の生存さえも脅かすということ。
この壮大な自然の仕組みに比べれば、人間の「損か得か」という視点がいかに小さく、危ういかを思い知らされます。

現代社会は、「効率」や「合理性」が何よりも価値あるものとされがちです。
けれども、私たちはその裏で、何を見失っているのでしょうか。
人はつい、自分にとって「得か損か」を基準に物事を判断しがちです。
でもその視点はとても限定的で、特に損得感情が絡むと、目の前の結果にばかり意識が向き、もっと大きな流れや本質を見落としてしまいます。

農薬の大量使用や環境破壊、土地の乱開発――
すべては人間の「今すぐ得をしたい」という行動の積み重ねかもしれません。
でも、そうやって便利さや利益を追求するたびに、ミツバチは静かに姿を消していく。
そして、その影響は回りまわって、また人間自身に返ってきます。
これはまさに、「損得勘定だけで決めた結果が、大きな損失を生む」典型なのではないでしょうか。
この話は自然界だけのことではありません。
私たちの暮らしや仕事、人間関係の中でも、同じようなことが起きています。
たとえば…
• 目先のコスト削減で、品質や信頼が損なわれる
• 利益を優先して倫理を無視し、企業や人間関係が崩れる
• 自己都合を押し通して、周囲の信頼や協力を失う
いずれも、損得だけで判断したことで、結果的により大きな「損」を被っている例です。
もちろん、私たちが日常的に損得を考えるのは自然なことです。
でも、そこに**「自然の声」「人としての本質」「長期的な調和」**といった視点を加えるだけで、見える景色が変わってくるのです。
• 短期的な損を受け入れてでも、信頼を育てる
• 効率よりも、魂が喜ぶ選択をする
• 数字では測れない幸せや豊かさを選ぶ
目先の得にとらわれすぎると、心がすり減ったり、本当のチャンスを見逃したり、人間関係が壊れてしまうこともあります。
安曇野で出会ったあのミツバチの話。
それは、単なる「生態系の話」ではなく、私たち人間の在り方を問う、大切な気づきでした。
合理性や効率が、必ずしも「正解」とは限らない。
ときには、不器用で、遠回りに見える道の方が、実は命に寄り添っている。
自然はいつだって、声なき声で私たちに語りかけています。
その声に耳を澄ませながら、「損得」では測れない世界に触れてみる。
そこには、きっと、私たちが本当に大切にしたい「豊かさ」があるはずです。
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過去のグログと併せてご覧ください。
それでは、今日も「愛と感謝と調和」のもと生きとし生ける全てのものが心穏やかで幸せでありますように!
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― ジャッジを手放して、自分の光で生きるということ ―**
最近、私はなぜかこんな言葉をよく耳にします。
「日本はGHQのせいで変わってしまった」
もちろん、日本が敗戦国だからそれも一理あるかもしれません・・・
でも、本当にそれだけが原因なんでしょうか?
私は、それよりももっと奥深いところに、大切なことがあるように感じているのです。
ある日の会話の中で、こんなやりとりがありました。
Aさん「でも…日本人らしさは取り戻さないとですね」
私 「日本人らしさというより、私は“心”が大事だと思うんですよね…」
Aさん「日本が良くなくなってしまったのは、日本が西洋文化が入ってきたからではないでしょうか?」
私 「本当にそうですか?西洋の文化だけが悪いのでしょうか?」
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東京の慌ただしい日々を離れ、星野村の築百年を超える古民家に住み始めて数日。
この家は、星野村のNPO法人が移住希望者のために用意してくれている「移住検討住宅」で、ここでの暮らしを体験させていただいています。
ここでは、毎日が新しい発見と、心が安らぐ穏やかな時間で満ちています。
朝、空がゆっくりと茜色に染まり始める頃、耳に届くのは小鳥たちの楽しげな合唱。
雀のさえずりや、時おり響く雉の声が、私をやさしく目覚めさせてくれます。
窓を開けると、草花に降りた朝露の香りがふわりと漂い、深く息を吸い込むたびに、自然の清らかさが体のすみずみにまで染みわたっていくようです。
朝起きるのが苦手だった私が、朝の光がとても楽しみになりました。
そんな朝に、縁側でゆっくりといただく地元星野の緑茶。
新鮮な空気と温かいお茶が、心と身体をそっと整えてくれます。
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今朝、お庭に出たら、春の草花たちが優しく出迎えてくれました。
ふき、虎杖(いたどり)、シロツメクサ、カラムシ、どくだみ、ギシギシ、ゆきのした。
名前を呼ぶたびに、「こんにちは、春ですよー」と微笑んでくれているようで、思わず頬がゆるみます。
「今年も会えたね」「元気だった?」
そんな声が風に乗って、草の葉を揺らしている気がしたのです。
わたしは、そういう草花たちが大好きなんです。
どんな高級食材よりも、足元にひっそりと咲いているこの命たちに、いつも心を打たれます。
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